相碁井目

「相碁井目(あいごせいもく)」

 人の実力は様々であること。

 

 実力とはなんなのか?

 インターネットで検索してみたところ、「実際に持っている能力」と出てきた。インターネットは賢い。

 また、「能力」という言葉がよくわからないなぁと思い、同じく偉大なインターネットに聞いてみた。能力とは「物事をしとげることのできる力」とある。

 ここまでの内容をまとめると、相碁井目とは「人が実際に持っている、物事をしとげることのできる力は様々である」ということになるが、少し長い。もう少しコンパクトにまとめてみると「人が持つ、何かを成し遂げる力は様々である」あたりだろうか。何かを成し遂げるというのは非常に難しく感じられるので、「人によってできることやできないことは違う」くらいまで噛み砕いて原型をなくしてみても良いだろうか。

 しかし現在我が家には生後5ヶ月の天使がおり、此奴は毎日母乳を飲む。妻は天使を産み落としたのでおそらく人外なのだと思うのだが、そこを差し引いてもこの妻と私の間には歴然たる差異がある。

 そう、私は母乳が出ない。

 多少頑張れば出そうなフォルムではあるが、能力として備わってなさそうなのだ。この場合もこの四字熟語の範疇に含めて良いものだろうか……。

 

 私は国語科教員であるから、言葉についての学びを促すことが役目である。しかしどうにも四字熟語は馴染みが薄く、知っているものも多くない。知識不足である。同じ国語科教員の中でも相碁井目だが、特に私は底辺のライン際をきっちりと守っていて、サッカーのゴールキーパーさながらである。乳も出なければ四字熟語も知らない、果たして私の存在意義とはなんなのか。

 

 さて、実力の差に悩まされている方も多くいるだろう。「同じ大学を出ていて、なんだこの差は」とか、「同じような歳なのに、なんであいつが」という恨みつらみを抱いた方は多いのではないだろうか。私なんかもいわゆる劣等感を持ちすぎて鬱々としていた時期があった。おそらく読んでいる方の中にもいるのではないだろうか。

 最近わかってきたが、この、人との違い、「自分は他人よりも劣っている」という思いは軽減できると思われる。

 

 一つ目に、考えてみて欲しいのだが、他人より劣っていて困ることはなんだろうか。ちょっと自分の生活に当てはめて考えてみていただきたい。能力の差以上に「あなたでないとならない」ことの方が多いような気はしないだろうか。

 二つ目に、見えるところだけで評価していないだろうか。人間、誰しも自分のことは自分がよく知っていると思う。一方で他人は、見えるところしか認識できない。気になるあの人や、尊敬を寄せるあの人は家で鼻くそを食っているかもしれない。一面だけで判断すれば、それはかなり綺麗なところしか見えないものだ。当然自分が家で鼻くそを食っていることは自分には見えるわけだから、良い点以上に悪い点も認識せざるを得ないのだ。私の数少ないボキャブラリの中にさえある「隣の芝生は青い人工芝」という言葉は、そういう一面的な見方から生まれた意識ではなかろうか。

 三つ目に、少し真面目な話なのだが、劣等感に苛まれている方は、関わる人間、コミュニティは多様で複数個であるだろうか?関わる人間が少ない、加わっているコミュニティが一つしかないとなれば、自分を測る物差しは減る。そうなれば多面的な見方で自分を見ることは難しい。「サードプレイス」という言葉を知っているだろうか。家庭、職場の他にもう一つコミュニティ(三つ目の場所)を持つと精神的に安定するだとかなんだとか言われている。趣味の場で良い。いろんな人間に会えるし、そこで必要とされる能力も異なる。いろんな能力が複合されて、いろんな人間と関係を結んで、あなたが存在しているのだ。

 人よりも優れた、突出した能力があなたの存在意義を生むのではなく、様々な関係性があなたに存在意義を認識させてくれるのだ。

 

 あなたは、他者と比較して、己の能力の低さに悩んでいるのではなく、能力の低さに起因する、自分という存在の意味のなさ、自分が誰かの下位互換であるという意識に悩んでいるのではないだろうか。

 

 もちろん、そうではない、と考える人もいるだろう。それはそれで良い。自分なりに分析して悩みを解決するしかない。しかし、悩みの出処を誤認する人は多い。認識が深くまで至らなければ浅瀬でチャプチャプする程度のところに当てはまりそうな語彙で説明がつくように取り繕ってしまうからだ。それで上手に説明して、自分はそういう人間なんだ、とラベルを貼ることで面倒を減らしているのだ。

 

 言葉を教える仕事をしているからか、言霊というのはあるように思ってしまっている。言霊という言葉がピンとこなければ、呪い、呪縛、レッテル、そんな言葉でも良い。言葉の通りに認識するのが人間で、言葉が現実に即しているとは限らないと、私は思う。

 実力は様々あるかもしれないが、あなたは数値ではないのだから、特に気にする必要はないのだ。